こんにちは。富澤商店にてレシピ著者をしておりますマスダアイミです。
私はここ最近、日本の食のルーツを知り・伝える活動を行っています。日本各地の生産者さんの元に訪問しお話を聞いて、そこで得た情報を自身で運営しているコミュニティで共有しています。
コミュニティでは「一つ一つの家庭から食の知見を高める」を活動方針としています。
今回のコラムでは、パンを焼くときに必ず使う「小麦」に着目したお話をしていきたいと思います。
小麦の中でも、日本で作られる小麦「国産小麦」ついてのお話です。
実際生産者さんの元に訪問した体験も踏まえてお話します。「へえ!そうなんだ!」と思ってもらえることが1つでもあれば嬉しいです。
国産の小麦はどこで作られている?

皆さんは小麦畑、見たことありますか?お米が作られている田園風景は見たことがあっても、小麦畑はあまり見たこと無い方が多いのではないでしょうか?
きっと特定の地域に住んでいる方でないとあまり見ないかもしれません。それには理由があります。
まず、日本国内で消費されている小麦のうち、国産小麦が占める割合について知っていきましょう。
スーパー等で売っている小麦粉はほとんどが外国産で、国産小麦粉を買える場所は限られているかと思います。
実は、国産小麦が国内消費量に占める割合は、全体のわずか15~17%前後にとどまっています。非常に少ないのが現状です。
私たちが普段口にしている小麦の多くは、海外から輸入されたものに頼っています。
輸入小麦は主に、アメリカ、カナダ、オーストラリア産のものが日本国内で流通しています。
何故、お米はほとんど自国で生産・消費しているのに、小麦はこんなに国産の割合が少ないのでしょう…?
理由は日本の高温多湿な気候条件が1つの要因としてあります。
小麦の栽培には、平均気温が高すぎず、降水量も多すぎない、適度に乾燥した気候が適しています。
日本で小麦を育てる場合、この条件に合う地域での栽培が中心となります。
比較的冷涼で雨が少ない地域といえば、日本列島の最北に位置する北海道が挙げられます。
実際、国産小麦の生産量のおよそ60~65%は、北海道産小麦が占めています。
北海道以外の都府県でも小麦は栽培されていますが、量的には北海道産が圧倒的となります。
(北海道以外の都府県では、雨に降られる心配があるため梅雨前に収穫できる早生品種がよく栽培されています。)
きっと北海道在住の方なら小麦畑を見たことあるかもしれませんが、本州に住んでいる方はあまり見る機会がないかと思います。そのくらい、国産小麦は貴重な存在です。
海外産小麦と国産小麦、どんな違いがある?

海外産の小麦と国産小麦には、どのような違いがあるのでしょうか。
まず、国産小麦の大きな特徴として挙げられるのが、風味や香りの強さです。
私自身、初めて国産小麦でパンを焼いたとき、その風味の豊かさに驚いた経験があります。甘味や香りが、海外産小麦と比べてしっかり感じられるのが特徴です。
一方で、国産小麦は小麦に含まれるたんぱく質量が、海外産小麦と比べて低い傾向があります。
そのため、形成されるグルテンの力はやや弱く、高さを出して焼き上げたい食パンなどでは、ふんわりと高く仕上げる点で海外産小麦のほうが優れている場合もあります。
ただし、近年は国産小麦の品種改良が進み、パン作りに適した小麦も数多く開発されています。
実際に、以前と比べて国産小麦の製パン性は大きく向上していると感じています。
たとえば「春よ恋」はとても扱いやすく、ふんわりとしたパンが作れますし、
「ゆめちから」は海外産小麦に匹敵するほどの、強いグルテンを持つ品種です。
北海道小麦で一番生産されている品種は?
ちなみに、北海道産小麦の中で最も生産量が多い品種をご存じでしょうか。
それが「きたほなみ」という品種です。
「きたほなみ」という名前はあまり聞きなじみがないかもしれませんが、これはあくまで品種名のため、製粉会社ごとに異なる商品名で販売されています。
たとえば江別製粉さんでは、「ドルチェ」という名称で販売されています。

ブレンド粉として、他の品種と合わさって販売されていることも多いので、国産小麦でパンを焼かれる方は知らないうちに「きたほなみ」を使っているケースも少なくありません。
分類としては中力粉としても使えるため、パンやお菓子だけでなく、麺類にも幅広い需要があります。
生産コストや気候のリスク、量の安定面から海外産小麦の方が安価で入手しやすい面がありますが、
地産地消の観点や、風味が濃い小麦粉でパンやお菓子を作りたい場合は国産小麦を選ぶと良いかと思います。
私は国産小麦をメインに普段パンを焼いています。ふんわりしつつももっちり。甘い香りがするパンが焼ける所が好きです。
国内で生産、販売しているものなので安全面の面でも信頼できます。家族に食べさせても安心!ということで愛用しています。

▼国産小麦の種類や、焼き比べてどんな特徴があるかは、こちらの特集ページをご覧ください。

実際に北海道の小麦農家さんのもとに訪問してみました

今年、梅雨前と秋の2回、北海道に行き小麦農家さんへの取材を行いました。
梅雨前に伺ったのは国産小麦「キタノカオリ」をつくる農家さんです。6月の訪問時、麦は出穂が進み青々とした小麦畑が広がっていました。
「キタノカオリ」は栽培するのが難しく、病気になりやすいことがあり、他の小麦より収量が少ない品種の為、農家さん泣かせの小麦…とも聞いたことがあります。
5年程前、一時期キタノカオリ小麦の流通がなくなってしまう、希少になってしまうという事態が起きました。理由はやはり栽培上、他品種より生産安定性や収量が劣る点から農家さんが他の作物に転換するなどして、生産量が大きく減少した為です。
現在も他品種、例えば「春よ恋」、「ゆめちから」に比べて生産量が非常に少ない品種となっています。
ただ、この「キタノカオリ」は使ってみると分かると思うのですが、とびきり個性があり美味しい粉なのです…!パン屋さんや、ホームベーカーさんでも根強いファンが多い品種です。

そんな育てるのが難しい小麦を、
「この小麦でパンを焼きたい人たちに届けたい」という熱い想いを持って育てているのが、この小麦農家さんです。
より良い小麦を作るために日々試行錯誤を重ね、時には寝る間も惜しんで収穫作業にあたることもあるそうです。私たち消費者のために尽力されているその姿に、胸が熱くなりました。

秋には、別の小麦農家さんのもとで「ゆめちから小麦」の種まき作業を見せていただきました。
小麦には主に「春まき小麦」と「秋まき小麦」があり、秋まき小麦は発芽したあと、雪の下でじっと冬を越し、翌年7月頃から収穫される、いわゆる「越冬する小麦」です。
一般的に小麦は、春まきのほうがたんぱく質量が多く、製パン性に優れていると言われてきました。
しかし「ゆめちから」は、秋まきでありながら海外産小麦に引けを取らない高たんぱくの品種。パンがしっかりと膨らむのが大きな特徴です。


こちらでは、小麦を育てるうえでとても大切とされている「土へのこだわり」についてお話を伺うことができました。
おいしい小麦を育てるためには、土に十分な栄養があることが欠かせません。
そのため、ホタテの貝殻などを畑にまき、ミネラルやカルシウムを補っているそうです。
一方で、近年は気候変動や異常気象の影響により、ご苦労される場面も多いといいます。高温が続く日々や高湿度の環境、不規則に訪れる降雨は、小麦を病気にさせたり、品質を低下させたりと、収量が大きく落ちてしまう原因にもなります。
私たちは、小麦を袋に入った「粉」の状態で目にすることがほとんどですが、こうして気候に左右されながらも、少しでも良いものを作ろうと向き合い続ける作り手の想いが詰まっているのだと思うと、感慨深く、胸にこみ上げるものがあります。
心得ておきたいこと

富澤商店さんにはたくさんの品種の国産小麦が揃っています。
特徴や味、扱いやすさなど…自分の好みや、作りたいパンやお菓子によって粉を選べる楽しさがありますよね。
知っておいていただきたいのは、ひと粒の小麦粉が私たちの手元に届くまでには、さまざまな背景と多くの人の力があるということです。
日本の気候に合い、安定して供給できるよう品種改良を重ねてきた農家さんがいて、その小麦をより美味しく、使いやすい形に製粉してくださる方々がいて——そうした努力の積み重ねによって、小麦粉が私たちのもとへ届いています。
私は「手作りすること」を大事に思っているのですが、その理由は1つ1つの素材から時間をかけて料理、お菓子、パンなどを作ることは「素材を見て、触れる機会がある」ということからです。
今の時代は色々便利になりすぎて、昔見えていたものが見えなくなっていると感じています。
時短・簡単が当たり前になり、混ぜるだけ、温めるだけにしてある食品も多いかと思います。
(時代の流れもあり仕方ないことだとも思います…!)
農から食卓まで、昔はもっと見えていたはず。自分が食べる食材がどのように作られているかが、もっと見えていたはずです。
その過程を知ることで、食材を美味しくいただけることへのささやかな感謝が生まれ、食の時間そのものを丁寧に味わいたい気持ちにつながっていくように思います。
食は生きるために欠かせないものだからこそ、食を大事にすることは、自分自身をいたわることにもつながるのだと思います。そして、こうした気持ちは、日本のものづくりをそっと支えていくことにも繋がっていくのではないかと感じています。
普段から手作りをするときに、「これ、美味しいな」「使いやすいな」と感じるお気に入りの小麦粉があったら、それがどんな人によって、どんなふうに作られているのかを、ぜひ少しだけ思い浮かべてみてください。
その背景を知ることで、日々の手作りがもっと充実して、さらに楽しい時間になるはずです。







